失われた音のために 2019年

 視覚はあくまで刹那で、時間とともにその記憶が崩れていくことが前提にある。
 その不完全さを引き受けた絵画の過程において、完全である画面にも、どこかにノイズを持っていて、描きすすめることは、それらを調整することや既視のイリュージョンに沿わせることではなく、歪みの震えを感じながら、違う振動を展開させることだと考えている。

 



眺望をつむぐ 2018年

 描くことは、出現してくるイメージを確定せずに逃れる時間である。
 イメージを解体し更新するために、色面の「刈り込み」あるいは「拡散・膨張」を重ね、図と地を織り込む。
そうして出現する空間へ線を走らせ、意識が追いつく前に楔を打ち眺望をつむいでいく。

 

月の庭 2016年

 不定形の抽象絵画と、それを色面分解した絵画を展示。
 少しの意思と偶然による不定形色面を線描でトレースしフォルムを描き起こす。不定形色面と縁取られた色面、遅延した質の異なる視覚の痕跡としての抽象絵画。その抽象絵画画像を色面分解しハードエッジに位相したもうひとつの抽象絵画。

 



逃げる風景 2014年

『意識とは身体の実存的環世界を、肉体が空間的物語的に解釈したものである。』 

   ジェスパー・ホフマイヤー *「生命記号論 宇宙の意味と表象」/ジェスパー・ホフマイヤー (松野孝一郎+高原美規 訳 青土社)

 風景は、身体の外側にある全てものである。
 身体に溶けつつ何かを送り続けるが、摩耗せず圧倒的な存在感を示しつづけている。  それは手の届くところに接していて浸透し続けているが、予測しない瞬間に切なさや憧憬を強く感じさせるのはなぜだろう。
 人の知覚は、感覚器官の反応を峻別し認識しているのではない。あるときは統合され俯瞰するように感じ、あるときは分離され分析するように無意識に境なく身体中を行き来している。
 一方、表現のモチベーションである感情は、それら知覚のやりとりを契機に、経験や知識を参照し解釈しながら不規則に染み出てくる。そんな表現の萌芽は記憶の中で多様な部分と繋がりを持った物語として蓄積されている。
 表現の主題はその物語であり、作品を発表することは解釈した物語を世界に提示することである。
 世界経験のひとつの方法を示すと同時に他者と共有することで、普遍的な経験をたぐり寄せることができると考えている。けれども、物語を示し続けても、依然尽きない風景は永々と続いている。
 2014.11.3      2014.11.14 一部改稿