2020.3.20 いまおもうこと

“Blue dance” 273(h)×410(w)mm(P6)  acrylic paint,marker pen(pigment) (2016)

 四年前の作品。2016年”月の庭”galerie16 での発表作品のうち早い段階で制作した小品。
 ずっとアトリエに掛けているが、最近になって当時は自覚していなかった違う位相が見えてきた。いま絵画を制作する上で視覚情報を更新していくことは、作品を展開していくことに直結する。例えば”ウルトラマリンブルー”を”ホワイト”の層を入り込むように透過しながら重色していくことで物質的な顔料の時間の蓄積がすすむ。
最上面の色彩についての判断だけではなく、あったであろうもの、消えたもの、について、時間が均等に流れるのではなく、時間の後先が曖昧になり、反転する。
 
「墨は白と黒の濃淡専門の絶好なる筆描画材であるから、書道の発達に伴い、絵画においても墨描きの線描が発達したのであったが、また色彩と分かれて明暗濃淡の調子専門の水墨画をも生じ、これら、墨による線描・濃淡両用の技法が種々併用されて、東洋絵画の基本形をなすに到るのであった。」
(矢代幸雄「日本美術の特質」第二編 第六章 美術の材料および技術 p.158)
 
「或いはまた宗達・光琳が最も得意としたたっぷりとした筆致と墨色の濃淡、まして「たらしこみ」によりて墨と水との滲みを巧みに利用してむらむらを複雑に催させた技法のごときは、漆黒色に天鵞絨(ビロード)のごとき反射や触覚を与えて、最も濃艶なる感覚的表現をなさしめた。」
(同上 第四編 第三章日本美術の色彩 p.158)
 
絵画の手段のひとつとして、日本の水墨画における墨線の持つ時間と装飾的色彩の二層と捉える近代的解釈を含んでいるが、それを超えて線と色面との多層を分離するのではなく織り込むことで深い画面の”時間”を考える。訓練された所作だけではなく、low fidelityな所作への近づきとその距離。

2019年 失われた音のために

 視覚はあくまで刹那で、時間とともにその記憶が崩れていくことが前提にある。
 その不完全さを引き受けた絵画の過程において、完全である画面にも、どこかにノイズを持っていて、描きすすめることは、それらを調整することや既視のイリュージョンに沿わせることではなく、歪みの震えを感じながら、違う振動を展開させることだと考えている。

2018年 眺望をつむぐ

 描くことは、出現してくるイメージを確定せずに逃れる時間である。
 イメージを解体し更新するために、色面の「刈り込み」あるいは「拡散・膨張」を重ね、図と地を織り込む。
そうして出現する空間へ線を走らせ、意識が追いつく前に楔を打ち眺望をつむいでいく。

2016年 月の庭

 不定形の抽象絵画と、それを色面分解した絵画を展示。
 少しの意思と偶然による不定形色面を線描でトレースしフォルムを描き起こす。不定形色面と縁取られた色面、遅延した質の異なる視覚の痕跡としての抽象絵画。その抽象絵画画像を色面分解しハードエッジに位相したもうひとつの抽象絵画。


2014年 逃げる風景

『意識とは身体の実存的環世界を、肉体が空間的物語的に解釈したものである。』 

   ジェスパー・ホフマイヤー *「生命記号論 宇宙の意味と表象」/ジェスパー・ホフマイヤー (松野孝一郎+高原美規 訳 青土社)

 風景は、身体の外側にある全てものである。
 身体に溶けつつ何かを送り続けるが、摩耗せず圧倒的な存在感を示しつづけている。  それは手の届くところに接していて浸透し続けているが、予測しない瞬間に切なさや憧憬を強く感じさせるのはなぜだろう。
 人の知覚は、感覚器官の反応を峻別し認識しているのではない。あるときは統合され俯瞰するように感じ、あるときは分離され分析するように無意識に境なく身体中を行き来している。
 一方、表現のモチベーションである感情は、それら知覚のやりとりを契機に、経験や知識を参照し解釈しながら不規則に染み出てくる。そんな表現の萌芽は記憶の中で多様な部分と繋がりを持った物語として蓄積されている。
 表現の主題はその物語であり、作品を発表することは解釈した物語を世界に提示することである。
 世界経験のひとつの方法を示すと同時に他者と共有することで、普遍的な経験をたぐり寄せることができると考えている。けれども、物語を示し続けても、依然尽きない風景は永々と続いている。
 2014.11.3      2014.11.14 一部改稿